日本の「ものづくり」が世界で高く評価される理由の一つに、徹底した生産管理があります。
その中でよく耳にするのが「3M」と呼ばれる「無理」「無駄」「ムラ」の排除です。これは、かの有名なトヨタ生産方式(TPS)の根幹にも通じる考え方です。
しかし、この「3M」、実は製造現場だけの話ではありません。私たちの日常的な「働き方」にも深く関わっており、放置すると心身の疲弊につながる可能性があるのです。
今回は、この「3M」が働き方にどう影響するのか、そして特に注意すべき「ムラ」について、私の経験も交えながら解説します。
働き方における「3M」とは?
まず、製造業における「3M」を、私たちの働き方に当てはめて考えてみましょう。
無理 : 能力やキャパシティを超える負荷がかかっている状態。
例: 明らかに期限内に終わらない量の仕事、スキルレベルに見合わない難易度のタスク、長時間労働の常態化など。
影響: 主に働く社員に過度なストレスや疲労、燃え尽き症候群(バーンアウト)を引き起こします。心身の健康を損なうリスクが非常に高い状態です。
無駄 : 付加価値を生まない活動や要素。
例: 目的の曖昧な会議、不要な資料作成、探し物が多い、手戻りが多い作業プロセスなど。
影響: 主に会社にとって、時間、コスト、リソースの浪費につながります。生産性が低下し、企業の競争力を削ぐ要因となります。
ムラ : 仕事の量やペース、品質などが不安定で、波がある状態。
例: 繁忙期と閑散期の差が激しい、日によって業務量が極端に違う、指示が頻繁に変わる、作業の質が安定しないなど。
影響: これが最も厄介で、社員と会社の両方に悪影響を及ぼします。
なぜ「ムラ」が最も危険なのか? – 実体験から
「無理」は社員が、「無駄」は会社が主に負担を感じやすいですが、「ムラ」はその両方を疲弊させます。
なぜ「ムラ」が特に危険なのでしょうか?それは、予測不能性と心身への負担の大きさにあります。
私自身の経験をお話しします。以前、非常に忙しいプロジェクトが長期間続いたことがありました。確かに大変でしたが、一定のペースで高い負荷が続く状態には、ある程度体が慣れて対応できていました。
しかし、その後、状況が変わり、仕事の「ムラ」が激しくなりました。ある週は深夜残業が続くほど忙しいのに、次の週は手持ち無沙汰になるほど暇になる。このような起伏の激しい状態が続いた結果、心身のバランスを崩し、体がついていかなくなってしまったのです。最終的に、私は休職を選択せざるを得ませんでした。
常に忙しい状態(ある種の「無理」が続いている状態)よりも、激しいアップダウン(ムラ)の方が、精神的にも肉体的にも消耗が激しいのです。
ペースを掴めず、常に緊張と緩和を繰り返すことは、自律神経にも大きな負担をかけます。また、暇な時期があると「このままで大丈夫だろうか」という不安を感じ、忙しい時期には「またあの激務が来るのか」というストレスを感じる、という悪循環に陥りやすいのです。
会社にとっても、リソース配分が難しくなり、閑散期には人員を持て余し、繁忙期には人手不足で機会損失を生むなど、非効率な状態を生み出してしまいます。
「ムラ」を乗りこなし、長く働くためにできること
仕事の内容や量に「ムラ」が生じること自体は、外部要因も多く、完全になくすことが難しい場合もあります。
しかし、自分の働き方をコントロールすることで、「ムラ」の影響を最小限に抑えることは可能です。
仕事量の可視化と平準化:タスクリストやスケジュールを活用し、中長期的な仕事量を見通す。締め切りが集中しないよう、前倒しでできる作業を進める。チーム内で情報を共有し、可能であれば業務を分散・平準化する。
ペース配分の意識:忙しい時期でも、意識的に休憩を取り、睡眠時間を確保するなど、無理をしすぎない。閑散期には、スキルアップや知識のインプット、業務改善など、普段できないことに時間を使う。
「断る勇気」と「相談する力」:キャパシティを超える仕事は、状況を説明して調整を相談する。一人で抱え込まず、上司や同僚に早めに相談する。
心身のセルフケア:自分なりのストレス解消法を持つ。体調の変化に気を配り、休息をしっかりとる。たとえ会社から与えられる仕事量に波があったとしても、それに対する自分の取り組み方、つまり「働き方」を工夫することで、心身への負担を軽減し、安定したパフォーマンスを維持することは十分に可能です。
まとめ
ものづくりの現場で生まれた「無理・無駄・ムラ」をなくすという考え方は、私たちの働き方にも非常に有効です。
特に「ムラ」は、働く個人と会社双方を疲弊させる見えにくい敵と言えます。仕事量の波に翻弄されるのではなく、自分の働き方を主体的にコントロールし、ペースを整えること。これは、変化の激しい現代において、長く健康に働き続けるために不可欠な能力です。
ぜひ、ご自身の働き方の中に潜む「3M」、特に「ムラ」がないか、一度見直してみてはいかがでしょうか。