凸凹さんと自己分析

凸凹さんは自己分析が難しい事がある

大学を卒業した時点で僕は「自分が何をしたい。」「何が合っているか」が分かっていませんでした。

それをやるのが自己分析だろう。大学生だからやって当たり前だろう。そんな意見が聞こえるようですが…。

僕は、四十を超えてやっと自己分析が出来てきました。それまでは逆に自分が分からなくて非常に苦労したました。

何故か。

凸凹さんの一部の人はカモフラージュしているからです。

カモフラージュとは?

カモフラージュというのは、非定型発達者が社会的な生活を過ごす為に定型発達者のふりをして社会に馴染もうとすることを指します。

非定型発達者つまり凸凹さんは、定型発達者と違った感性を持っています。特性が違うということです。

その感性の違いが大きければ大きいほど、振り切れた凹凸さんとして目立つことになります。

僕はそれ程振り切れていない方だったようです。でも、生きづらさは感じていました。そこで知らぬ間に取っていた行動。それがカモフラージュでした。

僕はそれ程器用ではありません。だから僕のカモフラージュは他人の行動のコピーでした。その時々で憧れる行動を真似しました。時には親、時には教師、時には漫画のキャラクター。普段のコミュニケーションの中で定型の行動パターンを作り、それを模写していました。

カモフラージュと自己分析に関係あるの?

僕の行動原理は、『僕がどうしたいか?』ではなく、『僕はどうしたら人と違うと言われないか』に焦点が当てられていました。

他人とのコミュニケーションだけではなく、私生活や家族への対応など全てを人のコピーをする事に全力を投じていたのです。そして、その拠出元がバラバラでつぎはぎだらけだったのです。

結果、確固たる『自分』という芯がなく、上手く世渡りをする事に全力を尽くす自分の出来上がりです。

そんな人間に、自己分析をして自分が何者であるか自問自答して答えが出てくるでしょうか?分析する自分の中心が、自分じゃ無いのです。自己分析をモノサシを作る作業に例える人も居ますが、測定先が無いのでモノサシもできません。少なくとも僕は大学時点では全く自己分析というものは出来ていませんでした。

まとめ

私の経験を題材に、カモフラージュと自己分析について書いてみました。

・凸凹さんはカモフラージュをする人がいる。

・カモフラージュを重ねると自分が分からなくなる。

・自分が分からないので自己分析が難しい。

僕が生きる為に身につけたスキル、カモフラージュ。コレを否定するつもりは全くありません。これがなければ今の僕は居なかったのです。

でも、カモフラージュは他の弊害も作り出します。私生活や仕事が複雑化すればするほど弊害が大きくなります。その事については別の機会に。

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